福沢諭吉館からタクシーに乗って中津城へ移動です。
2017-05-10-15-29-15

                          中津城にタクシーで2分で到着。
435 中津城
             お堀の水が海水で、日本三大水城の1つだそうです。(他は高松城、今治城)

                昨年結婚した妹夫婦に官兵衛と光姫になってもらいました
64 中津城

                                 中津城
65 中津城

1588年にこのお方に建てられたお城です。
67 中津城
長女に写メを送ったら絶叫していました
    
                           天守閣の一番上から見た図
68 中津城
                     官兵衛の築いた石垣はこちら側にあるそうです。

            中津市内と奥にあるのが八面山(どこから見ても「八」に見えるそうです。)
69 中津城

     1回に売店があり、官兵衛ゆかりのグッズや中津城のゆるキャラのおっくんグッズがありました。
70 中津城

                         中津城に30分滞在したらこちらへ
71 中津
                             からあげ大吉です
                     チェーンだそうですが、こちらが本店だそうです。
                         醤油だれのおいしい唐揚げでした
                                                       
                              そして次はこちらへ
72  中津
                      中津城から20分少々で耶馬渓に到着です。

                      耶馬渓の本耶馬渓にある青の洞門へ
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                   2つ上の画像のあたりで私たちはタクシーを降りました。
73 耶馬渓
                          車は信号による交互通行でした。

                                青の洞門
74 耶馬渓

中津耶馬渓観光協会のホームページより

「禅海和尚の手彫りのトンネル
江戸時代、荒瀬井堰が造られたことによって山国川の水がせき止められ、
樋田・青地区では川の水位が上がりました。
そのため通行人は競秀峰の高い岩壁に作られ鉄の鎖を命綱にした大変危険な道を通っていました。
 
諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚は、
この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、
享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めました。
 
禅海和尚は托鉢勧進によって資金を集め、
雇った石工たちとともにノミと鎚だけで掘り続け、30年余り経った明和元年(1764)、
全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させました。
 
寛延3年(1750)には第1期工事落成記念の大供養が行われ、
以降は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用に充てており、
日本初の有料道路とも言われています。」



 
中へ
77 耶馬渓
75 耶馬渓
78 青の同門
76 耶馬渓

トンネル内に禅海像とお地蔵様
79 青の洞門

これを手彫りとは。
436 手堀り門

一旦ここで階段を上がります。
80 青の洞門
ベビーカーや車いすの場合はここで一度もとに戻る必要があります。

階段を上がった図
81 青の洞門

車が通るトンネル
82 青の洞門
人も通れます。

景色が綺麗でした
83 青の洞門

こちらにも手彫りの洞門があるようです。
84 青の洞門



画像が多いので次へ続く。。。